Hindsight's 20/20 (はいんどさいつ・とぅうぇにーとぅうぇにー)

人生はしあわせになるためにある!をモットーに、その方法を模索して考えたことを書きます。

蒼樹うめ展

行ってきました!

うめてんてー展。

www.umeten.jp

 

正直ね、そんなに期待してなかったんですよ。

代表的な作品の展示がそこそこあるくらいかな、と。

 

いやー、見事に予想を裏切られましたね。良い意味で。

 

すごいボリューム!

てんてーの幼少時から(!)現在までの傑作たちが、

ほぼ余すことなくといっていいくらい、

てってーてきに展示されてました。

じっくり堪能して、普通に3時間くらい見入ってました。

大満足!

 

図録のスペシャル・インタビューの冒頭の言葉が印象的でした。

絵を描くようになったきっかけを訊かれて、その答えが

 

「幼稚園でのお絵かきのようなものから、特に途切れることもなく

 絵をそのまま描き続けてきた」

 

超一流のクリエーターになる人は、やっぱりこういうものなんですね。

うめてんてーは、「よし、絵を描くプロになるぞ!」と決意して

絵を描き始めたわけじゃない。

物心つく頃にはもう当たり前のように描いてたわけです。

これぞ、「才能」ってやつですね。

 

自分にはそういうモノが何もないから、余計憧れます。

すごいなぁ。。。

 

イラスト・メイキングビデオのコーナーでは、

てんてーの正にプロフェッショナル!な仕事ぶりも見られて、

さらに感動です。

これだけ才能ある人が、こんなにも努力して丁寧な仕事を

心がけているのだから、せめて努力でマネできるはずの

こういう部分くらい見習わないと、とちょっと焦りました(笑)。

ぼく、午後から仕事がんばる!(午前中に仕事サボって行きました(笑))

 

もう一回くらい観に行きたいとこですが、ちょっと無理そうだなぁ。

どうして10日間だけなのよぉぉ!

 

うめてんてーファンなのにまだ行ってない人は、是非!

これは行かないと後悔するよ!

 

ヤサカ

 

下落相場 買いか待ちか

こんにちは、ちっとも更新できてないヤサカです。

 

ここ最近、中国発の混乱で有価証券市場が荒れてますね。

ぼくは、基本的にインデックス投資の超長期保有で、配当狙いなので、

キャピタル・ゲインには興味がありません。

つまり、向こう数十年、キャピタルの利益も損失も確定する気がないので、

上げ相場で有価証券の含み益が増大しても別にうれしくありませんし、

下げ相場で含み益が減少しても別にあわてません。

むしろ、ガッツリ下げてくれれば、

「バーゲンセールじゃぁ!」

とばかりに喜んで買い増しに走ります。

とにかく安いときにできるだけたくさん仕込んで、

目指せ、配当不労所得生活!

です。

 

そんなわけで、日経平均がガクンと下がったときは、

なんとなく巨大台風が来たときみたいに、原因不明の

ワクワクドキドキ感があったのですが、

なんか、大して下げずに落ち着いてきちゃいましたね。

1万8千円台なんて、まだまだ高いじゃないですか。

これから一段と下げるのか、意外と持ちこたえたことに

市場が安心して、回復していくのか。

 

神のみぞ知る、ですね。

ぼくには相場は読めませんので。

 

ヤサカ

Unlimited Slave Works

仕事で奴隷のように働かせされており、全く更新できない毎日です...

 

働きたくないでござる...←合言葉

 

いやー、英語できるようになって外資に転職!

給料アップ!

はいいんですけど。

 

おかげで、海外と日本国内で仕事するとどういうことが起こるかというと。

 

日本なので、日本時間で朝から国内の仕事を普通にこなす。

 ↓

夜まで働く

 ↓

疲れたなー。そろそろ帰るかー

 ↓

海外のヤツらが起きて仕事始める。

 ↓

さー、仕事やるぞーって感じで

当たり前のようにメールをガンガン送ってきて、

即レス求めてくる。

 ↓

いや、こっちはもう深夜2時とか3時なんですけど...もう寝たい...

 ↓

何とかレスしまくって、とりあえず寝る

 ↓

寝不足のまま朝起きて、最初に戻る

 

なに、この地獄...

 

確かに、収入は上がったけど、こんな生活を望んでいたわけでは...

も、もうちょっとガマンしてがんばります...

 

しあわせへの途はとおい...

 

ヤサカ

ああ矛盾

このブログで書きたいことはたくさんあるのですが、

ここしばらくやたら忙しくて全然記事書いてる時間がない!

 

働きたくないでござるぅぅッ!

と咆哮しながら、国家資格取って、英語力とかつけちゃって、

何とか働かないで生きていけるだけの資産を早く稼ぐことを夢見て、

外資系で馬車ウマのごとく働く。

 

働きたくなさ過ぎて、超働いちゃってる。

何コレ、すごい矛盾。

どうなってんの。

 

このブログも、まだ数少ない過去記事を読み返してみると、

「働きたくない」という意識低い感じではじめておきながら、

効率的学習法だとか何とか、何か意識高い(笑)ブログみたいになってる。

 

まぁ、こうやって、矛盾の中で呻吟し、七転八倒しながらも生きてくのが

人生ってヤツなんですよ、きっと。

いつかこの矛盾が昇華して行く日を夢見て。

 

はぁ、働きたくないでござる...

 

ヤサカ

 

天才にはなれなくても

前回の続き。

 
こうして今、ぼくは
「才能がないから、ぼくがあこがれた天才たちのようにはなれない」
といろんなことをあきらめてつまらないサラリーマンをやっているわけですが、
じゃあ、逆に、クリエイターといわれる職業に就いている人たちって、
全員天才なのか?
世の中にあふれる漫画や小説や絵画や音楽やイラストや・・・
それら全部はごく限られた天才の手だけによるものなのか?
 
そんなわけなくない?
 
手塚治虫とか、鳥山明とか、いままでこの世になかった新しい
オンリーワンを生み出してその世界を変えてしまうような人は
間違いなく天才というべきでしょう。
 
そういった天才が生み出したものから、最大公約数的なものを
技術として体系立て、それを自らの技術として訓練により身につけて
天才ではないかもしれないけど、高い技術をもち、
クリエイターとして素晴らしい仕事をする人がたくさんいるのです
世界を変えるような天才ではなくても、
高い技術に、誰もが持っている個性という才能を乗せて
素敵なものを生み出せる方たちが。
 
たとえば、まんがタイムきららキャラットっていう、
萌え4コマ専門漫画雑誌があります。
パラパラめくってみると、全作品、作者が違うはずなのに、
びっくりするほど絵柄がそっくりです。
いや、ディープなオタクの方々からは全然ちげーよ何言ってんだ、
とお叱りを受けるかもしれませんが(あっ、やめて!石を投げないで!)、
ぼくのような素人にはほとんど区別がつきません。
だいたい3、4パターンくらいしか絵柄がなく、
たまに1、2作品くらい個性的な絵がある感じです。
でも、どれも高い技術で、カワイくてキレイな絵です。
そして、一見没個性に見えながらも、しっかり読むと、
ちゃんと作者それぞれの個性が自然に出ていて、魅力的な作品になっています。
これらの作者は、マンガの世界に革命的な何かを起こすような天才とはいい難いでしょう。
けど、きっと長年の自らに課した訓練によって技術を磨き、素晴らしい作品を生み出し、
稼ぎを得て生活をされています。
別に、クリエイターになるには、天才になれなくても良かったのです。
 
それなのに、どうしてぼくは、ぼくたちの多くは、
手塚治虫鳥山明になれないなら、
「普通」に「真っ当」に、サラリーマンか公務員になるしかないと思ってしまうのか。
なぜ、親や先生から、「どうせ天才にはなれないのだから、真っ当に就職しろ!」
と言われてしまうのか。
 
サラリーマンだって、天才的なサラリーマンっていう人がいます。
才気あふれるエースが、会社の成長をガンガン引っ張っています。
なのに、サラリーマンの世界だけは、
「エースになれないならサラリーマンになるのやめよう/やめとけ」
とはならない。実に不思議です。
 
サラリーマンになれば安定する。フツーのしあわせが手に入る。
そう教え込まれ、信じ込まされて、ぼくもサラリーマンになりました。
いろいろあきらめて。
そして、もうやだ、仕事辞めたいとつぶやく、あんまり幸せじゃない生活を
送っています。
しかも、まさかあの大企業が!って企業でも潰れる今の時代、
サラリーマンなんていうほど安定していません。
うっかり外資系なんかに勤めているので、むしろいつ首切られてもおかしくないくらい。
安定?なにそれ、おいしいの?
あれ、なんかぼく、だまされた?
 
若い頃から、もっとサラリーマン以外の選択肢も、現実的なものとして存在するってことを
知っておきたかった。
そうしたら、ぼくの人生、もっと違ったものになったかもしれない。
 
 
最近はそんな妄想で、つらい仕事から現実逃避する日々を送っています。
 
いや、今からでも遅くないかも。
これから絵でも描くか、小説にしようか。
仕事のせいで時間が取れない!
そうだ、仕事辞めればいいんだ!!(錯乱)
収入がなくなる・・・(正気)
・・・仕事辞めたい(鬱。振り出しに戻る)
 
ヤサカ

天才にはなれなかった

クリエイターになりたかった。

漫画家、小説家、音楽家、イラストレーター、シナリオライター画家・・・
そういう職業の総称としてのクリエイター。
 
あなたも、子供のころ、学生のころ、そういう職業にあこがれたことはりませんか?
ぼくはあります。
それどころか、今でも今の仕事にうんざりするたびに、
そういう仕事にあこがれて、脱サラしてそういった仕事に就く妄想してます。
 
小学生低学年の頃は、藤子不二夫や手塚治虫にあこがれて、漫画家になりたかった。
けど、絵を描く才能がないことに気付いてやめた。
一緒に漫画家を目指そう!と描きはじめた友達は、始めて1年くらいで
小学校低学年にして大人顔負けの絵を描くようになってて、
才能の差というものを目の当たりにさせられた。
その後ぼくが転校して疎遠になり、その友達が今どこで何しているのか
知らないけど、彼ならプロの漫画家になれたのではないか。
ばんちゃん、元気ですか。
 
小学生中学年の頃は、北杜生のどくとるマンボウシリーズにはまって
(今思うととんでもないマセガキだが)小説家になりたかった。
ちょうどそのころ学校で、作文の宿題が出た。
創作のお話を書くというもので、先生は「面白いお話を期待しています」と言った。
次の国語の授業で、全員みんなの前で発表することになっていた。
面白かった人の作品には手を挙げて、その数で優劣を付けるという、
今思うと大変下品なシステムも予告されてた。
はりきってコメディ短編を書いた。
四半世紀くらい前のことなので、どんな内容だったかはさすがに覚えていないし、
所詮小学生の作文なので、たかが知れたものだっただろうけど、
「これならクラス中大爆笑間違いない!」という渾身の作品ができた。
当日、いくつかのパッとしない、手がまばらにしか挙がらない発表のあと、
いよいよぼくの発表の番がきた。
満を持して発表。
狙いどおり、ぼくの朗読でドッカンドッカン爆笑するクラスメイト。
終わった後の採点タイム。一斉に挙手するクラスメイトたち!
「やった!」
充実感に包まれ、ぼくはこれからも面白いお話を書き続けるぞ!とそう思った
その瞬間、担任の先生がこう言った。
「みんな、いっぱい笑って面白かったと思って手を挙げているのでしょうけど
笑えたからといって面白いお話というわけではありません。面白いというのは、
もっといろいろ考えさせる、深いお話のことです。ヤサカくんのは、面白いとは
いいません。」
それを聞いて、サーッと手を下げていくクラスメイトたち。
ぼくの点数は、たったの1点になった。
まだまだ大人の、特に先生のいうことはゼッタイという年齢。
それでも、先生におもいきり睨みつけられながらも、
「誰が何と言おうと、おれは面白かった!」といわんばかりに、先生を睨み返しながら
ますますまっすぐビシッと手を挙げ続け、下ろそうとしなかったイノウエくん、
授業後の休み時間、「オマエのがゼッタイ一番おもしろかった」と言ってくれた。
あのときは本当にありがとう。キミの漢気に救われたのはこのときだけではありませんでした。
ちなみに最優秀賞は、特に面白くもなかった発表をした先生お気に入りの女の子になった
その子の発表後、まばらにしか手が挙がらなかったのを見て、またしても先生登場。
「先生、感動しました!こういうお話が面白いお話というのです!
その瞬間、イノウエくんとぼく以外の全員の手が挙がるクラス。
なんだこれ。
こんなことがあってもまだ書き続けられるほど、ぼくは強い子供ではありませんでした。
ぼくが学校の先生というものに不信感を持ったのはこの頃からですが、それはまた別のお話。
 
小学校高学年の頃は、吉川英治山岡荘八にはまって歴史小説家になりたかった。
新しい表現で書き上げる、ぼくだけの三国志が書きたい!
などと思い、ちょっとファンタジー要素を入れながら劉備張飛関羽が出会う序章まで
書いてみた。われながらワクワクするデキ!ぜひ誰かの感想を聞いてみたい!
母親に見せてみた。
母親いわく
「非現実的でありえない。こんなもの書いてないで勉強でもしなさい。」
ファンタジー要素に対して非現実的って・・・
なんでこの人なんかに見せてしまったんだろう・・・
これも才能がないってことなんだろう。
天才的な才能があれば、非現実的であろうとなんだろうと、
有無を言わさず読んだ人を引き込む力が物語りに宿るはず。
ああ、そうか。
勉強しろってのは、オマエには才能がないから小説はやめろってことか。
やる気をなくしてソッコーで断筆。
弱いよ、ぼく。弱すぎるよ。
 
中学生になると、音楽に行った。ボウイのホテイさんにあこがれて、ギタリストになりたかった。
その後、エディ・ヴァンヘイレンやエクストリームのヌーノ、ヴァイなどの存在を知って、
ますますそういった天才たちにあこがれた。
 
そして、これがちょっと長かった。大学2年くらいまで続いてしまった。
大学の音楽サークルでは、スーパー速弾きギタリストとして名を馳せていた。
もっと頑張れば、プロ・ギタリストになれるんじゃないか・・・
そんなことを考えながら、大学の授業はほとんどサボってギター弾いてた。
でも、大学3年になるころ、そう、周りがそろそろ就職活動を始める頃に、
自分はこのままでいいのか、と考えた。
そして気付かされた。いや、実はとっくに気付いていたのだけど、見ないフリをしていた。
自分はエディやヌーノやヴァイみたいには、どう頑張ってもなれない、と。
いくらヴァイの超絶バカテクプレイをコピーできたとしても、ただのコピーだ。
それで周りに「ウマイ!スゴイ!」といわれても、物マネがウマイに過ぎない。
それを最初に生み出す才能が自分にはない。
 
事ここに至って、ぼくはあこがれの、あこがれになりうる職業を目指すことを断念した。
クリエイター的なものは、ぼくには「才能」がない。
「真っ当」に就職する生き方しか、ぼくにはない。
ぼくは天才ではないのだから、仕方がない。
 
こうして、結局今は、国家資格があること以外はごくフツーの、
「仕事辞めたい」と日々つぶやきながらイヤイヤ働くやる気のないサラリーマンをやっています。
 
そして、最近思うのです。
そうやって「才能がない」とあきらめてきた、憧れの職業たち。
本当に、その職業に就くのに、そんな天才的な才能なんて必要だったのかな、と。
 
次回に続く。
 
ヤサカ

最小限の投資で最大の効果を上げる英語学習法 その7(映画で英語!)

前回に引き続き、効率的英語学習法その7。

 
前回はネイティブのナチュラル・スピードに慣れるための教材利用をオススメしました。
 
しかし、この段階にまで至れば、何も「教材」として売っているものに限る必要はありません。
要は、音声とスクリプト(文章)が揃っていればいいのです。
ただ音声だけだと、聴き取れなかった箇所の正解を確認する術がないので、スクリプトはやはり欲しいです。
 
そこで、よく言われるのが、映画の英語。
DVDやBlu-rayの映画は、字幕が英語も選べるので一応スクリプトがあるといえます。
 
しかし、ぼくは、最初、この方法で早々に挫折しました。
いちいちスクリプトを確認するためにちょこちょこ一時停止を押しながら観るのにウンザリして、
4分の1も見終わらずに心が折れました。
 
しかし、インターネットの世界は凄い!
なんと、検索すると、映画のスクリプトが全文出てきたりします。
 
たとえば、ぼくの好きな映画のひとつ、"The Family Man"という映画。
「天使のくれた時間」という邦題で、ニコラス・ケイジ主演の映画です。

 検索すると、スクリプト全文がPDFで見つかります。
 
 
あとは、やることはこれまでの勉強法と同じで、スクリプトをテキスト代わりにひたすら繰り返すのですが、
折角の映画なので、その前に、少なくとも最初の1回は日本語字幕で普通に楽しみましょう。
その方が、ストーリーが頭に入った状態で学習を始められるので、
効率もいいでしょう。
 
映画丸ごと1本頭に入れれば、会話表現の幅も相当広がります。
 
「好きな映画名 transcript」
で検索すれば、結構見つかります。
きれいなPDFで見つかるのはさすがに稀ですし、必ず見つかるわけでもありませんが。
 
 
 
 

 
自分が大好きな映画で勉強すれば、勉強も苦ではなく、むしろ楽しくなります。
いろいろ探して、試してみましょう!
 
ヤサカ